シェフの生い立ち その3

  昭和40年代、小学生。家族揃って初めての関西旅行。 大阪万博博覧会、岡本太郎さんの太陽の塔、三菱未来館。 世界各国の料理、どこもかしこも人、また人。3時間待ちのパビリオン。日本の未来をアピールする大切な博覧会。 昼間の大阪城。夜の街。道頓堀。通天閣。くいだおれ。串カツ。たこ焼き。ホルモン焼き。大阪弁。独特の文化。血の濃さを感じる町。どこか地元浅草の六区とかぶります。 蔵前中学在学中、帰り道は厩橋を渡った、もんじゃ ヨコタへ直行。たまに御茶ノ水のピザ屋「シェーキーズ」で食べ放題。たしかあの頃480円。クラッシュ氷入りのジンジャーエールと合わせるのがお決まりです。女子が一緒だと浅草の甘味処うめむらで豆かんを食べる。地元の女子はこの「豆かん」に目がないらしい。たしかにやみつきになる味だ。時間があれば楽天地でボーリングやゲームセンター。たまにどこかの不良グループにからまれ、喧嘩。それでも懲りずに、浅草に来る。 アンジェラスでお茶したり、ホットドックのジローでハンバーガーやクリームシチューをほうばる。僕はこのお店ホットドックのジローが、ヨシカミと同じくらい好きでよく通った。 店の看板にはホットドックと出ているが、ホットドックのメニューはひとつもなく、ハンバーガー屋です。このあたりが浅草ぽくて良い。又、店のおかみさんがとても愛らしく、チャーミングなおばちゃんで、料理をテーブルに運ぶときに必ず、「ごめんください。」と言って料理を置いていく。腹の中でクスクスと笑ってしまいます。 30年も前から寿町のペリカンのパンを使い、レタスではなくキャベツのせん切りです。店の雰囲気は昔風の純喫茶って感じかな。この伝説のホットドックの「ジロー」も浅草から消えてしまい、とても寂しい気がします。 かっこよくてお洒落な料理ばかり口にしていると、昔通っていた喫茶店のスパゲティナポリタンやピラフがやけになつかしく感じ、行ってみるとサラ地になっていたり大企業のコーヒーショップに替わっていたりする。ホットドックの「ジロー」は典型的な例です。個人商店がなくなっていくと、東京はどんどんつまらなくなっていくような気がします。「ジロー」があったおかげで、ファーストフードをほとんど口にすることなく、企業体質の香りがする店は、どこかで拒絶してしまいます。 ここカンパーニュも、どこかなつかしく、癒されてホッとするような味、お客様と店主人が気軽にコミュニケーションをはかれるような個人商店であり続けたいと思います。                                     続く、

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。